CULTURE & ART

国産漆のこと正しく知っていますか? ー漆の産地いわてー

2018/11/20

国産漆のこと正しく知っていますか? ー漆の産地いわてー

近年、人気を集めている金継ぎ。壊れてしまった大切な器が元の形に修復されるのは大変嬉しく、日本人の物を大切にする精神はやはり誇らしいなと感じる。しかし、金継ぎの本当の魅力は、偶然入ってしまったヒビや欠けてしまった部分に装飾する金が、壊れてしまったもの以上に美しく変身させてくれるからなのではないだろうか。元の器とは違った風情と味わいが出て、さらに長く大切に使いたくなる器になっていく。しかし、意外と知らないのがそこで漆が使われているということ。そもそも漆とは一体なんなのだろうか? そんな素朴な疑問をKurashi編集部が現地を訪ねて体験してきた。

日本の漆文化、岩手県

浄法寺漆

漆(うるし)には、「うるわし・うるおす」が語源であるという説がある。漆の木の樹液を精製してつくった、天然塗料のひとつ。漆の塗装や漆塗りの技法、接着性を生かした工芸技術により作られる工芸品のことを漆器と呼んでいる。古い時代から、日本人の暮らしとともにあった漆器。しかし、現代においては、漆椀を日々の食事に使っている人は、どれだけいるかと考えたら、答えに窮するほど減ってしまったのが実情だ。それもそのはず、漆器は扱いがとても繊細なイメージであり、とても高価だから。私たちには、少し縁遠いものと思われてしまっている漆だが、器の滑らかさや肌触り、口あたりには他では味わえない良さがあり、耐久性・耐水性・保温性に優れている点も他の器にはない大きな特徴だ。

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岩手県内で製造される漆器には、一関市や平泉町の「秀衡塗(ひでひらぬり)」、二戸市の「浄法寺塗」、八幡平市の「安比塗(あっぴぬり)」があるが、今回訪れたのは国産漆の産地でもある岩手県二戸市と、漆器の製造が行われている平泉町。
国内で流通している漆の97%以上が輸入によるもので、国産はわずか3%だけ。そのうちの約70%が、二戸地域を中心に採取される浄法寺漆なのだ。時代の変遷と輸入漆の増加に伴い、需要が激減した国産漆。しかし、平泉の中尊寺金色堂や世界遺産の日光の二社一寺など、日本を代表する国宝建造物の修復に使用されたことで、その品質の高さを評価され始めている。文化庁では、平成30年度から国宝などの建造物の修復にはすべて国産漆を使用する方針としており、岩手県二戸市浄法寺地区においては国産漆の生産拡大や生産に携わる人材の育成も進められている。

伝統ある漆掻き職人の世界

長島まどかさん

二戸市では、2016年から「うるしびと」として全国から研修生を受け入れている。年々進む高齢化に伴い、地域に伝わる漆掻きの技術の伝承を目的として、次世代を担う漆掻き職人の育成に取り組んでいるのだ。

今回は、そんな二戸の中心部から車で15分ほどの山中にある、およそ2ヘクタールの漆林を訪れた。迎えてくれたのは埼玉県出身の長島まどかさん。3年前に移住し、地域おこし協力隊の一期生として、漆掻き職人の道を歩み始めたひとりである。

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漆の採取時期は、6〜10月。梅雨が明けた高温多湿な時期だ。全身漆まみれになりながら、腕カバーに軍手の完全防備をして収穫を行う彼女の額には汗がにじむ。女性にとっては重労働とも言える過酷な仕事だけに、どうして漆職人になったのか尋ねてみると……意外な答えが返ってきた。

「漆職人になる前は、広島県の熊野町というところで化粧筆の職人をしていました。昔から物作りが好きで、そんな時たまたまテレビで漆掻きの人数が足りないというニュースを耳にして、調べていくうちに文化財修復に国産漆を使いたいのに生産量が追いついていないという状況を知って、これはおもしろいと思い、やってみたいなと思ったんです。」
と明るく語る長島さん。その顔は晴れやかで、とても爽やかだった。

漆職人の朝は早い。日の出とともに仕事を始める人もいるらしいが長島さんは、朝6時に漆林に入ると、熊対策のラジオと道具を揃えて仕事を始める。1日に回る樹は、約50本。年間を通して同じ樹に触れながら、日々会話をして付き合っていくのだ。誰にも会わないこともあるような家と山の往復生活をしているので、まさに漆の樹が同僚であり、仕事のパートナーなのだ。20181105_181105_0017

漆

一本の木から採れる漆の量は、約200g。牛乳瓶一本分だ。
ほんの少ししか取れないから一滴が貴重になってくる。

20181105_181105_0024生の漆は、艶やかできれいな乳白色でありながら
少し粘り気のあるような質感

掻き跡は逆三角形になっているのがわかる。短い辺から始め、少しずつ長くしていく。
シーズン最初に入れるのは2㎝ほどの小さな辺。これは「目立て」と呼ばれており、「これから漆を採るよ」という樹へのメッセージなのだそう。

「樹に傷をつけることは、ストレスなんです。いきなり長い傷をつけてしまうと樹へのダメージが大きくて、一番たくさん摂ることのできる夏場に漆が思うように出てくれなくなってしまったりするんです。少しずつ辺を長くすることで樹にも慣れてもらうことが大事なんですよ。」

6月の採り始めから7月中旬を『初辺(初漆)』、8月いっぱいを『盛辺(盛漆)』、そこから終わりまでを『末辺(末漆)』と呼び、漆掻き職人のみならず、漆器に漆を塗る塗師もこれを厳密に区別して使用している。時期によって漆の粘度や硬化する速度などが違ってくるのもまた面白い。さらに、掻く職人によっても漆の性質が異なることから、毎年「浄法寺漆共進会」といった漆の品質を競うイベントが行われている。

職人技を決める大会に潜入!

浄法寺漆共進会

今年採取された浄法寺の漆が一同に並び、一つひとつ漆の品質を確認する品評会。「第40回 浄法寺漆共進会」が行われた。今年は初めて全国の漆産地からの参考出品展示もあり、一人ひとり、一本一本違う漆の質を選定していく会場は、漆掻き職人や漆を扱う業者などで活気に溢れていた。その数およそ90樽。漆の審査項目は5項目5段階評価で審査される。
①色、②乾き具合、③底カスの程度、④粘度、⑤全体的な印象・その他など

浄法寺地区では、漆掻き職人は漆林の所有者から樹を買い、漆を掻き、最後には伐採して、持ち主に返すという「殺し掻き」という方法を行っている。掻き終わった樹を伐採すると翌年春には新しい芽が出て、それをまた所有者が大事に育てる。その木から漆が採れるようになるまでには約15年。こうして大事に漆林を守り続けているからこそ、生産量日本一の漆の産地となり質のいい漆ができるのだ。

20181105_181105_0001紙の蓋を開けて色、艶、匂い、粘りの具合を確認。

20181105_181105_0005品質は色、粘度、 乾き(硬化)などから判断され、
チェックシートを携えて、ひとつずつ丹念に見ていく

現地を訪れて感じたことは、じっくりと受け継がれてきた漆文化が地方から都心まで様々な形を通して、再び盛り上がってきているということ。今回お邪魔させていただいた岩手県では、国宝級の建物の修理に使う貴重な漆を扱っていたが、一方の都心部では金継ぎという国産漆を使ったワークショップが流行っている。金継ぎのような使用量の少ない小さなきっかけだとしても、「漆とは一体なんなのか?」と興味を持つ若者も少なくない。長島さんのようにほんの少しのきっかけで、漆掻き職人に飛び込む人も増えているのだから。

20181105_181105_0021晴天の日に見上げたらあった、豆柿

岩手への旅を終え日常を振り返ってみると、日本の誇るべき文化やその背景にある職人の努力を知らずに過ごしていることに気づく。漆掻き職人は日々、自分の樹と対話し、一滴一滴を丁寧に採取する。それを私たちは金継ぎの道具として使っている。些細な使用量だし、流行のワークショップに参加した程度だ。しかし、こうして漆に興味を持ったことで、一層漆が好きになった。些細なきっかけからでも、日本文化の継承につながるかもしれない。いつか挑戦したいと思っているあなた、今年こそぜひチャンレンジしてみてはいかがだろうか。

 最後に長島さんに伝えてみた。
「東京では金継ぎが流行っているんですよ」と。
すると「私はまだやったことがないので、いつかしてみたいです」と笑って答えた。

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